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東京地方裁判所 昭和28年(行)43号 判決

原告 土橋ヒセ 外一名

被告 関東信越国税局長

訴訟代理人 武藤英一 外三名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等は「被告が昭和二十七年十二月二十六日付でした土橋市平の昭和二十五年分所得税の総所得金額を金二十八万円、税額を金七万四千五百円とした審査の決定中、総所得金額金八万円、税額金三千八百円を超過する部分を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告等の被相続人である亡土橋市平は、昭和二十五年分所得税の確定申告として、昭和二十六年一月中に新潟税務署長に対し所得金額を金五万七千四百六十六円であると青色申告書により申告したところ、同税務署長は、同年九月十四日付で所得金額を金六十五万五千円、税額金二十六万六千七百円とすると更正決定し、同月二十日その旨を右市平に通知した。そこで市平は同年十月二十日同税務署長に対し再調査の請求をしたが、再調査の請求の日から三箇月以内になんらの応答がなかつたので所得税法第四十九条第二号の規定により審査の請求とみなされ、その結果被告は昭和二十七年十二月二十六日付で新潟税務署長のした前記更正決定の一部を取消し、市平の昭和二十五年分の所得金額を金二十八万円その所得税額を金七万四千五百円と訂正するとの決定をし、該決定は同月三十一日市平に通知された。しかして市平は昭和二十九年十一月二十九日死亡し、原告等両名が相続により、同人の権利義務を承継した。

二、市平は衣料繊維製品卸商を営んでいたが、昭和二十三年頃から胸部疾患のため営業に従事できず、昭和二十四年三月下旬廃業届を提出し、同年四月から店員に残務整理をさせており、昭和二十五年分の所得は金八万円(確定申告額金五万七千四百六十六円の外に後記のとおり金二万二千五百五十四円の経費とならないものを経費として計算したのでこれを所得に加算すると金八万二十円となる)であるから右金額を超過する部分は違法である。

と述べ、被告の主張に対する答弁として、

(1)  市平が被告主張の昭和二十五年十二月三十一日現在の貸借対照表を提出したこと、市平の昭和二十六年の売上高、繰越在庫高、仕入高及び期末在庫高がそれぞれ被告主張の額であること、昭和二十五年分の繰越在庫高、仕入高、期末在庫高、外註費及び雑収入が被告主張額であること、又市平の昭和二十五年中の家族数が被告主張のように五人であつて、同年分の生計費が金十四万一千五百八十五円であることはいずれも認めるが、その他の事実は争う。

(2)  被告主張の借入金の外に北越銀行古町支店七万円、市平よりの借入金九万一千二百八十円及び原告ヒセよりの借入金四万五千円がある。

又生計費は市平の事業上の収入から支出していたのではなくて、市平所有の財産を処分してこれに当てていたから事業所得の算定には影響がない。

(3)  市平が昭和二十五年分の収支の明細は次のとおりである。

(単位円)

売上高      一、六四八、六一七、七四

繰越在庫高      三六二、六八六、九〇

仕入高      一、三六五、七五八、九三

期末在庫高      四〇五、七六七、八〇

売上利益       三二五、九三九、七一

雑収入            二七七、五〇

総収入        三二六、二一七、二一

必要経費       二四六、一九七、一三

内訳

給料          七七、三六七、一〇

加工費         五一、三六九、六〇

運賃荷造費       一六、四〇九、〇〇

火災保険料        七、八〇〇、〇〇

家賃          一二、〇〇〇、〇〇

公租公課         三、八〇六、〇〇

事務用品         二、九五二、五〇

図書費          三、六八九、〇〇

光熱費          二、一四六、五〇

通信費         二七、九〇八、〇〇

消耗品費         一、七三〇、〇〇

出張費          八、七二〇、〇〇

修繕費          六、五七三、五〇

広告費             八〇、〇〇

接待交際費        一、六六〇、〇〇

値引           六、三三三、四五

貸倒金            八五一、八〇

支払利子         八、三〇〇、六八

減価償却費       一四、六七三、〇〇

雑費           六、一二九、〇〇

雑損失          八、二五二、〇〇

経費から控除されるもの 二二、五五四、〇〇

(右経費のなかには経費に加算すべきでない現金出納不足七〇〇円、釜かまど売却損失一、八九〇円、図書費一、三七四円、寄付金六〇〇円、地代家賃、一、二〇〇円、支払利息五、九九〇円合計二二、五五四円を誤まつて含んでいるのでこの分を控除する。)

所得          八〇、〇二〇、〇八

なお各月の仕入、売上の明細は別紙商品仕入売上明細のとおりである。

と述べ、立証〈省略〉

被告指定代理人は本文第一項同旨の判決を求め、答弁及び主張として、

一、請求原因一記載の事実中、市平が昭和二十五年の所得税の確定申告をした日を除きその他の事実は認める右申告の日は昭和二十六年二月二十八日である。同二記載の事実中市平が衣料繊維製品卸商を営んでいたことは認めるが、その他の事実は争う。

二、市平の昭和二十五年分所得額を金二十八万円とした被告の決定は次のとおりなんら違法でない。

(1)  市平から提出された昭和二十五年十二月三十一日現在の貸借対照表は次のとおりである。

貸借対照表

借方              貸方

科目     金額(円)   科目   金額(円)

現金          六八  支払手形 一四三、六九四

銀行預金    五九、〇〇〇  買掛金   六九、三一〇

振替預金        四二  借入金  二六五、七三〇

受取手形    四八、三四〇  未払金    四、七七〇

買掛金    二二八、六四〇  預り金    七、〇九五

商品     四〇五、七六七  資本金  六八一、一三〇

組合出資金    三、〇〇〇  利益金   五七、四六六

組合立替金   三七、七七〇

同予納金    一〇、〇〇〇

精紡会社勘定 三〇八、〇六三

貯蔵品      二、五六〇

什器備品    八四、五一〇

器具       五、一〇〇

機械      三六、三三五

合計   一、二二九、一九五

(イ)  右表には市平が同年中に笹川太七に貸しつけた金二十万円の貸付金の記載洩がある、同人は個人企業の商人であつて、この貸付金は簿外資産の処分によるものとは考えられず、またこの貸付はその営業のためにしたものとみられるから当然この貸付金は借方の部に記載さるべきである。この貸付金を借方の部に計上すればこれにみあう利益金二十万円が貸方に加算されなければならない。

(ロ)  又右表中借入金は二十六万五千七百三十円と記載されているが、

布施与作 三〇、〇〇〇円

結城竹二 二九、四五〇円

合計   五九、四五〇円

を除いたその余の金二十万六千二百八十円は仮空のものであるから、借入金は五万九干四百五十円とすべきである。

(ハ)  昭和二十五年当時の市平方の家族は本人、妻、長男(当時日本大学短期大学部在学)、長女及び次女(当時日本女子大学在学)の五人であるが、総理府統計局の調査報告によると中都市における昭和二十五年中の一人当りの生計費は二万八千三百十七円であるから市平方の同年中の生計費は五人分金十四万一千五百八十五円となる。更に一平は同年中において固定資産税金二万四千四十円を納付しているが、市平のような個人経営の商人については特段の事情のないかぎり生計費及び固定資産税の支出は一応事業上の収益から支出したと考えられるので、この支出金は当然貸借対照表に店主貸勘定として登載されるべきものである。そこでこの借方の部に合計金十六万五千六百三十五円(この内金二万二千五百五十四円は(ニ)のとおり原告の認めるところである)を計上すべきこととなる。

(ニ)  右表には損益計算上店主貸勘定として借方に記載すべき原告等の自認する金二万二千五百五十四円を事業上の経費に加算し之を記載しなかつたため計算上同金額の利益が数字として表われないこととなつた。尤もこの数字は市平の生計費と認めるべきであるから、(ハ)の生活費中に包含されていると考えるべきである。

(ホ)  よつて、市平の提出した貸借対照表に(イ)(ロ)(ハ)記載のように修正すると貸方の分に計上される利益金は金六十二万九千三百八十一円となり、この金額が市平の昭和二十五年中の所得と認められるから、この範囲内でこれを金二十八万円とした被告の審査決定は違法でない。

(2)  市平の昭和二十五年中の所得金額が被告の認定した金二十八万円を超過することは次の事実からも明らかである。

本件係争年度の翌年である昭和二十六年分について申告した収支関係は次のとおりである。

売上高   一、〇九三、四七八円

繰越在庫高   四〇五、七六七円八〇銭

仕入高     七八三、七四二円八〇銭

期末在庫高   四一二、五五二円八〇銭

売上原価    七七六、九五七円八〇銭

従つて昭和二十六年中の荒利益(売上高より売上原価を差引いたもの)は金三十一方六千五百二十円二十銭となり、その差益率(荒利益と売上高の比率)は二八、九四%となる。ところで市平の取扱つていた特殊繊維は漸く市場に出廻るようになつた優秀な繊維類に押され、昭和二十五年頃を境として次第に売行不振となり利潤は減少する傾向にあつたから、市平の昭和二十五年の差益率は昭和二十六年における二八、九四%よりも高かつたことは容易に推測できるところである。そこで市平の申立てた昭和二十五年分の繰越在庫、仕入高及び期末在庫高を基礎としてこれに差益率二八、九四%を適用して売上高を逆算した上で所得を計算すると、次のとおりとなる。

売上高   一、八六一、三五三円

繰越在庫高   三六二、六八六円

仕入高   一、三六五、七五九円

期末在庫高   四〇五、七六七円

売上原価  一、三二二、六七八円

外註工賃     五一、三六九円

売上差益    四八七、三〇六円

雑収入         二七七円

計     四八七、五八三円

必要経費    一九四、八二八円

所得      二九二、七五五円

従つて昭和二十五年中に市平はすくなくとも金二九二、七五五円の所得があつたと認められるから、この点から、みても被告のした審査決定は違法でない。

と述べ、立証〈省略〉

理由

土橋市平が昭和二十五年分の所得税の確定串申告として、申告期間内に新潟税務署長に総所得金額を金五万七千四百六十六円と青色申告書で申告したこと、新潟税務署長は昭和二十六年九月十四日付でこれを六十五万五千円その税額を金二十六万六千七百円と更正する旨決定し、同月二十日市平に通知したこと、市平が同年十月二十日同税務署長に対し再調査の請求をしたところ、右請求が原告等主張の理由で審査の請求とみなされ、昭和二十七年十二月二十六日付で被告は右更正決定額の一部を取消し、市平の昭和二十五年分の総所得金額を金二十八万円税額を金七万四千五百円と訂正する旨決定し、同月三十一日これを市平に通知したこと及び市平が原告等主張の日に死亡し、原告等両名が相続により同人の権利義務を承継したことはいずれも当事者間に争がない。

そこで昭和二十五年中の市平の所得額について検討してみると市平が衣料繊維製品の卸商を営んでいた者であつて、被告主張の内容の昭和二十五年十二月三十一日現在の貸借対照表を提出したことは当事者間に争がなく、被告は右貸借対照表は(1) 貸付金の記載洩、(2) 借入金につき金額の誤及び(3) 店主貸の記載洩があると主張するので順次判断する。

(1)  訴外笹川太七に対する貸付金二十万円について。

成立に争がない乙第二号証、甲第二号証によると右笹川所有の新潟市古町通一番町六百七十六番二、六百七十七番所在家屋番号同町十九番の二木造瓦葺二階建店舗兼居宅一棟建坪二十八坪五合五勺外二階十二坪の建物につき、昭和二十六年二月十七日新潟地方法務局受付昭和二十五年十月四日設定契約により市平のため債権額金二十万円弁済期昭和二十五年十二月三十日利息月一分弁済期と同時に支払う約の順位番号三番の抵当権の設定登記がなされていることが認められるけれども、成立に争がない乙第一号証、同第三号証、元本の存在及びその成立に争がない同第六号証、証人中山工平の証言により真正に成立したと認めうる甲第三号証、証人笹川太七の証言により真正に成立したと認めうる甲第五号証と証人笹川太七、同中山工平、同笹原元正(但し後記の部分を除く)の各証言を綜合すると、昭和二十五年秋頃右笹川は市平に営業資金の融通を求めたところ、市平から前記建物に低当権の設定を求められ、翌二十六年二月金銭の授受がないのに借用証を作成しその他の必要書類を市平に交付し、前記低当権設定登記がなされたが、市平からは金員の交付がないうちに、笹川は営業を中止し資金は不必要となつたこと、右抵当権は抹消されず、そのままになつていたが、昭和二十六年八月頃笹川は営業を再開することとなり市平に金円の交付を求めたが断わられたので、訴外日本セイルス株式会社より約金二十万円を借り受けその担保として前記市平のために為した仮装の抵当権設定登記を利用することとし、市平より訴外会社に抵当権付債権を譲渡する形をとつたこと、笹川は同人の所得調査にまた税務署員に市平より金二十万円を借り受けた旨の誓約書(乙第三号証)を差入れたがそれは事実に反するものであつたことが認められる。証人桑野良雄、同依田一夫、同笠原元正の各証言中右認定と矛盾する部分は措信することがでぎず、他に市平が昭和二十五年中営業上の収益から金二十万円を笹川に貸付けたという被告の主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(2)  借入金について。

被告は前記貸借対照表中借入金として記載されている金二十六万五千七百三十円中金五万九千四百五十円の限度で認めその他の金二十万六千二百八十円は仮空のものであるとこれを否認する。ところで借入金のような所得の計算上消極的事由は原告等において立証する責任を有すると解すべきところ、原告等主張のような借入金のあつたことを認めるに足りる証拠はない。(尤も甲第一号証によると昭和二十五年十二月七日市平は原告ヒセより二口合計金四万五千円を借入れた旨の記載があるが、その書証の成立の真正である旨の立証がないので証拠として採用することができない。)従つて借入金は被告の自認する金五万九千四百五十円の限度であると認定しなければならない。

(3)  店主貸について。

前記貸借対照表には市平が損益計算上経費とならないものを誤つて経費に計上した合計金二万二千五百五十四円が記載されておらず右金額が店主貸として借方に記載されるべきものであることは原告等の認めるところである。被告はなお市平の昭和二十五年中の生計費及び固定資産税の支出が店主貸となるべき筋合であると主張する。市平の昭和二十五年当時の家族が本人、妻、長男、長女、及び次女、五人であつて、年間の生計費が金十四万一千五百八十五円であり、同年中固定資産税として金二万四千五十円を支出したことは当事者間に争がない。ところで証人依田一夫の証言と本件口頭弁論の全趣旨によると市平は前記営業を個人で経営していたことが認められるところ、このような個人経営の商人の生計費及び固定資産税は特段の事情のないかぎりその事実上の収益から支出したと認めるのが相当である。尤も原告等は右の支出は市平の財産を処分してこれに当てたと主張し、本件口頭弁論の全趣旨により真正に成立したと認めうる甲第四号証によると昭和二十五年中市平は肺結核に罹病していたことが認められるけれども、本件口頭弁論の全趣旨によると市平罹病後も営業を続けており、本件係争年度の次年度である昭和二十六年においても昭和二十五年を上廻る営業をしていたことが明らかであるから市平が肺結核に罹病したという右事実は前記認定の事実と矛盾するものではなく、他に前記認定を動かすに足る証拠はない。従つて生計費及び固定資産税は同年中の市平の営業上の収益のなかから賄われたものというべきであるから、この合計金十六万五千六百三十五円(このなかには前記の原告等が店主貸とすべきことを認めている金二万二千五百五十四円が含まれる)は貸借対照表の借方の部に店主貸として記載すべきものである。

以上のとおり市平の提出した貸借対照表の貸方の部の借入金の金額は五万九千四百九十円と訂正すべきであり、生計費及び固定資産税の合計金十六万五千六百三十五円を借方の部に店主貸として計上すれば、これに見合う貸方の部の利益金は金四十二万九千三百八十一円となること計算上明らかであつて、この金額が市平の昭和二十五年中の所得金額といわなければならない。

原告等は市平の昭和二十五年中の所得金額は金八万円であると主張するけれどもその理由のないこと前記認定から明らかである。

よつてその他の点について判断するまでもなく原告等の本訴請求は理由がないからこれを棄卸し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟特例法第一条、民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 松尾巖 西塚静子 井関浩)

別紙 商品仕入売上明細〈省略〉

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